【カンボジア旅行記】⑰プノンペン市内、トゥールスレン虐殺博物館へ、そして日本に帰る

そんなこんなで、お昼ご飯を食べた後はプノンペンへ。KCDオフィスまでたどり着き、ここで大学生のとあけさんとはお別れ、とあけさんは、このあと一人でタイに行くんだって! すごい! 留学時代の友人と会ったりするらしい。若いのにすごいなあ、と思う。おとなしい方だけど、たぶん芯の強い方なんだと思う。

私たちは、トゥクトゥクを呼んで、トゥールスレン虐殺博物館へ。まりこさんが「見るのは辛いかもしれないけど見るべきだから」と言って、連れてきてくれた。もちろんもちろん、見ますとも。

トゥクトゥクは、バイク版人力車のような乗り物。タクシーのように使う。

トゥール・スレン虐殺博物館は、1970年代後半、カンボジアを支配していたポル・ポト率いるクメール・ルージュが、自分たちに背く反革命分子をあぶりだすために市民を捕らえて尋問し、拷問にかけ、死に追いやった場所を保存し、博物館として公開している。元々は学校だったそこが、尋問と拷問虐殺が行われる地獄と化し、たった数年間の間に、そこで虐殺された市民は約2万人にものぼるという。博物館には、虐殺された人々が収容される際に撮られた顔写真が約1000人分並び、おぞましい拷問の様子が描かれた絵画(生き残った画家が描いた)や、教室内を区切って作られた煉瓦造りの独房、尋問室として使われた教室、虐殺された人の骸骨や、鎖でつながれた血まみれの人のような写真(鮮明ではない)もあった。

私は生きている間に、絶対に拷問だけはされたくないと思っていて、そのことを誰にも知られたくないと思ってるくらい(誰かがそれを知って私を拷問にかけるかもしれないじゃないですか)、拷問を恐れている。誰にも知られたくなかったのについに言ってしまった。

小学校低学年の時に「戦争」というものを知った私の衝撃ったらなかった。恐ろしすぎる、でも知りたい…と、原子爆弾や太平洋戦争、そして蟹工船的な拷問虐殺話、ドイツのホロコーストベトナム枯葉剤まで、一通り図書室の本を読み漁り、中学あたりで文化大革命を知り、高校で日本赤軍を知り、大学で黒人奴隷制度についてめちゃくちゃ調べ…と、段階を経てさまざまな虐殺や弾圧や拷問について、興味の赴くまま調べてきた。ちょっと執着にも似た関心があり、知りたいことは大体知った。写真も映画も結構見た。

それで、ほんともう、人間って愚かすぎる…一回滅びとこうか…、今時の言葉で言うと「愚かすぎて滅」、と思っているので、この博物館を見ても、「あーーーーほんとうに…愚かですよね…」と、知っている感情をなぞっている感覚だった。ポル・ポトのことは、今まで深く調べたことはなかったのだけれども(私の生まれたあたりにつまびらかになっていった話だと思うので、当時はまだ子ども向けの書物にすらなってなかった気がする)、そういう感じになりますよね…という感じで、あらゆる残虐の限りを尽くして罪のない人々を惨殺していた。

見学時間が足りず、音声ガイドを全部聞けなかったのは残念だった。キリングフィールド(カンボジアでもう一つの有名な大量虐殺の現場)にも行ってみたいくらいだけど、味わう感情はたぶん知ってる感情なんだろうなとも思う。この手の暴力的なことに対して、思うことの感情のバリエーションって限られている気がする。けれども、何度も学ばないと、人間はまた忘れて過ちを繰り返してしまうものかもしれない。

トゥールスレン虐殺博物館

トゥールスレン虐殺博物館。学校が拷問、虐殺の場になった。


さやかさんと外に出ると、待っていてくれたまりこさん(何回も行ってるから今回は行かなかった)とひでさんとともに、トゥクトゥク(アプリで呼び出せる!)に乗って、今度はイオンに! そう、プノンペンにはイオンが3軒もあるのだ!

どこからどうみてもイオンである。inカンボジア

「日本に帰ってきた?」と錯覚するほどイオンである


空港で買うよりお土産が安いということで。お土産探し。(行ってないのに)アンコールワットクッキーとか、黒コショウ、カシューナッツ、コーヒー(いずれもカンボジアの名産品)とか買って、ほぼ一文無しに(今回の旅で両替してきたのは50ドル程度)。

久々の水洗トイレに歓喜。店内も日本にいるかと錯覚するくらい、すべてがそのまんま日本のイオンだった…!日本でもたまに自分がどこのイオンにいるのかわからなくなるのを「あるある」だと勝手に思ってるんだけれど、ここでも「え?もう日本ついた?」と思った。全世界のイオン、バックヤードで繋がってる説をいつも妄想してしまう。

お土産にアンコールワットクッキーを購入。サクサクでおいしかった。

夜ご飯はKCDのみなさんと、プノンペンのレストランで最後のカンボジア料理。おいしかった。おしゃれなカフェみたいなお店だった。そしてここでついに私は冷たい飲み物を解禁(水洗トイレがある市内なら、いつお腹が痛くなってもいいので…)。グアバタマリンドのシェイク!

プノンペンのカフェで美味しい夕食

タマリンドシェイク!ついに冷たい飲み物解禁


食後、ついにKCDのみなさんとはお別れ。

空港まで送ってもらい(お世話になった運転手さんには、日本のお菓子を差し上げた)、いよいよ帰路!

まりこさんはまだ数日カンボジアに滞在するということで、ここからはほぼ一人。

ひでさんは別の飛行機、さやかさんとは同じ飛行機だったけど、別々にチケットを取ったので、座席は遠い。

バイバイ!カンボジア

飛行機を待つ時間はお待ちかねの『香君』下巻を読みすすめ、韓国仁川行の飛行機に乗ったらほぼすぐ爆睡!

飛行機は、カンボジアの学生団体の中に私がぽつんと座るような座席構成だった。隣の高校生くらいの男の子は初めて飛行機に乗るみたいでとてもドキドキしている様子。カンボジアと韓国は直行便が出ているだけあって、国交が盛んなのだなあ。

爆睡している間に日付は変わって2月23日。あっという間に仁川空港。出発が遅れたので、到着も遅れ、さやかさんは仙台行の飛行機への乗り継ぎが間に合うかどうか大ピンチ! 空港会社の人が迎えに来ていて、足早に去っていくのを手を振って見送った。

私ときたらもう完全にナメたもので、空港に降りたった瞬間フリーWi-Fiを探し、ネット接続しながらぶらぶら歩いていたら、あんなにまりこさんに言われていた「トランスファー」を危うく通りすぎるところだった…。

ここでも待ち時間が数時間あったけれど、広いソファーを陣取って、ひたすら読書。

読書が好きだけれど、めっきり気が散るようになってしまって、なかなか集中して読書ができないここ数年、こんなに読書そのものを楽しめたのは久しぶりだった。ずっと飛行機の待ち時間だったらいいのに、とすら思ってしまう。

ここでのお供は韓国名物ホットク。もちっとしていてかなり甘くて!美味しかった。

韓国名物ホットク!よもぎあんこ味

無事、乗り換えの飛行機にも乗れて、(隣の座席の韓国女子たちはディズニーに行くらしくワクワクしていた。かわいい)、無事『香君』も読了!!

旅のお供としてこんなに心強い読書はなかった。全然種類が違うけれど『香君』の主人公のアシュラーンも旅をしていたから、何かにつけて身近に感じてしまった。『香君』についてはいろいろ語りたいことがあるけれど(ほとんど忘れてしまったのでまた読みたい!)、私は上橋文学の、登場人物たちの誠実さにいつも心打たれる。決していがみ合わず手を取り合う女性登場人物たちに力をもらっている。そういえば、カンボジアでは年配の女性が要職についているのを多く見かけた。村長さんとソピアップさんも近い年代のようで、仲良く談笑しているところを何度も見かけて、なんだかきゅんとしたのだった。

そして、再三私が心配していた「腹痛」について。この旅で、拍子抜けするくらいお腹が一切痛くならなかった。あんなに心配して「私は必ずお腹をくだす」と言いふらしまくっていたのがなんだったのか、恥ずかしくなるくらいだ。でもそれは、旅の最初に『香君』を読んで、「あまり食べないこと」を決めたからこその結果に他ならないと私は思っている。そう考えると本を読んだタイミングもまた不思議なものだと思う。

読書を趣味にしていると、たまに出会うべきときに出会うべき本に出会える不思議に遭遇する。

旅を助けてくれた『香君』

美味しい機内食をモリモリ食べる

 

今回の旅はまた、本をカンボジアの子どもたちに届ける旅でもあった。

絵本や紙芝居を読んで、大いに盛り上がったことは前述した通りだが、旅を終えて思うことがあった。

子どもたちに何かを「あげる」となると、数が足りなかったり、もっともっと欲しがったりして争いが起きてしまう可能性がある。例えば今回の場合、折り紙の取り合いになってしまった場面があったし、作っていた折り紙人形が足りなくなったりもした。

でも、絵本や紙芝居を読めば、そこにいるみんなが等しく楽しい時間を過ごすことができる。1冊で、何十人もの子どもが笑顔になれる。同じ楽しさを同じ瞬間に共有できて、忘れない限りなくならない宝物になる。それって本当にすごいことなんじゃないだろうか。

私が絵本や紙芝居を読むのを見てくれた子どもたちが、同じように読みきかせを実践して、喜びを共有してもらえてくれていたらとても嬉しい

改めて、絵本や本の持つ力を感じることができた旅だった。

 

読書と旅の余韻に浸っているうちに、成田に到着。こうして、私の約20年ぶりの海外旅行は無事終了。最終日にみんなでご飯を食べたときに話した通り、旅が大きなトラブルなく過ごせたことは運が良かったからに他ならず、心配は多かったが何も起こらなくて本当に幸運だった。最初に書いた通り、あまり自分が運がいい人間だとは思えないので、次もし旅に出て、何か大変な目に遭わないとも限らない。それでも旅に出たいかというと難しいところではある。けれども、この旅行記を仕上げている今は、すべてが懐かしく、またいけたらいいな、とも思うのだ。

ただいま!日本!

 

【カンボジア旅行記】⑯またね、チュロイスナオ村。

【2月20日・午前】

やっぱりカンボジアの朝は早い。にわとりの鳴き声で目が覚めたのは3時。

ここのにわとりの鳴き声、どうしてもはっきりと「コケコッコー!」と聞こえるのだけど、現地の人たちにはどのように聞こえているのだろう、帰る前に絶対聞かなくては!と思って、起き抜けから村長の孫モウル(もう姪っ子くらいの感覚)に話しかけるも、モウルは寝ぼけているのか教えてくれない。村長にも聞いてみるも、「コッココッコ」と言っていて、わからずじまいだった。動物の鳴き声をわかりやすく擬音化する慣習がないのかもしれない。

朝ごはんをいただいて、帰りの準備を整えていたところ、村長の孫の一人の小学生の子が、私の折り紙万華鏡をもってきてくれる。折り紙万華鏡は2つ持ってきていて、もものこスタッフの作った折り紙万華鏡は幼稚園に寄贈したけど、自分が作った分は図書館に何も言わずにおいてきたから、忘れ物と思われたみたい。「ちゃうねん! あげるねんて!!」と言って、慌てて図書館にもっていく。図書館にいたナロンさんに「プレゼント!」と言ってなんとか渡した。なぜこんなに必死かというと、これを2つ持ってくるのに荷物がすごくかさばったので(壊れないように箱に入れたりして)、持って帰りたくなかったのだった。

「次いつ来るの?」と、ナロンさんは聞いてくれる。私はあいまいに笑うことしかできなかった。

図書館を出たら、みんなもわらわら学校の校舎から出てきて、見送ってくれる。本当にさようならなのだ。ああ、本当に貴重な体験だった。楽しかった。さようなら!

子どもたちが校舎から出てきて見送ってくれた。

7時頃、行きと同じ車に乗って出発。行きに通った道を再びプノンペンに向かって車は走る。

運転手の男性は、今朝プノンペンから車を飛ばしてきてくれたそう。ええええ! 3時間かかるんだよ、出発するの4時とかやん! 仕事でも無理なんだが! 私はこの運転手さんに感謝しきりである。私は運転ができない(ものすごく下手)ので、車を運転できる人は本当に尊敬する。運転が好きなんだろうか? 英語は全くわからないみたいで「グッドドライビング!」(これが英語かどうかはともかく)とか言ってみても全く通じなかった。

途中、近くの村のレヴィトーン村に寄る。ここのコミュニティ図書館もC4Cが以前に支援をし、今は小学校が運営を引き継いでいるそうだ。子どもらがディズニーアニメ見てた笑。こちらの方が本も少しあるような感じだった。ファットゴーストという、太った女のお化けが出てくる絵本があって、太りすぎて泣いてるのかな? よくわからないけど、趣がありそうな話だった。多分カンボジアのお話なんじゃないだろうか。お化けは最後はたくさん食べてニコニコしてた。

絵本「ファットゴースト」

ここの小学校、校庭に大きな仏像が横たわっていた!!!

前で小さな子どもが座ってジュースを飲んでいた。めっちゃ趣ある~。

大きな仏像が横たわっていた

KCDが支援をしている家庭にも寄る。魚の養殖を最近始めたそう。有機農業で野菜をたくさん育てているお家を伺う。美味しい野菜がとてもよく売れるそうで、「(売れすぎて)売るものがない!」とご主人のトンさんはいつも言っているそう。今までおとずれた中でもひときわ立派なお家が建っていた。野菜御殿ということか…。

花のアーチの入口がとても美しい小学校

そしてもう一か所、支援を希望されている小学校の視察に伺う。住宅や店が立ち並ぶ道からは距離のある場所にあるためか、通ってくる子どもが少ないとのこと。花のアーチのような通学路がある、とてもきれいな学校なのだけれど…。原因としては、住宅から近いところにも小学校があって、そこに生徒を取られてしまっていることが考えられるそう。なんとかして生徒を増やしたいと考える先生だが…。KCDとしては支援したいのか、まだ調査の段階なのか?という感じだったのだけれど、まりこさんは、村全体で学校に行く子が少ないなら問題だが、みんながほかの学校に行っているのだとしたら、問題はないんじゃないかと言った。「何が、問題なんでしょうか?」と聞くまりこさんに、活動家としての顔を垣間見た瞬間だった。

何か意見や質問はある?と結構この旅で聞かれることがあったけど「いや、私に言えることってなくない?」と感じることが多かった。いろんな貴重なものを見せていただいたけれども、私じゃなくてもっと見るべき人がいるだろうに、なんか申し訳ないなと思うようなときもあった。こんな大事な話は、自分じゃないもっと支援できる人が聞くべき話なんだろうと思う。

そして、私にとっては旅行だけど、KCDの人たちにとってはこれは「仕事」なんだなあ…。日本のパトロンであるC4Cのまりこさんたちに、活動の現状を見せる、支援を継続してもらう、という目的もあるツアーってことなんだろうか…結構細やかにいろんな現場に連れて行ってもらったり、ミーティング的な席に着くこともあったのは、だからか。でも私には何も言えないよ…ってことがほとんどなのだった。私が見せていただくにはもったいないものをたくさん見せていただいた。

お昼ご飯はプノンペン近くの、公園の中にあるおしゃれなお店で。

ソピアックさんの知り合い? の店で、おいしかった。みんなでこの旅の振り返りをする。私は、

「この旅が大きなトラブルなく過ごせたことは運が良かったからに他ならない。20年ぶりの旅行で心配なことが多かったが、心配なことは何も起こらなくてよかった。KCDのみなさんは、村の子どもたちにももちろんだけれど、村の大人たちへの対応も素晴らしいと思った。どうしても村という閉鎖的になってしまう空間で、大人たちを説得して信頼を得て活動をするというの本当に難しいことだと思う。尊敬する」

というようなことを言った、日本語で。(まりこさんが翻訳してくれる)

そして、この食事中に、私が器をひっくり返し、魚醤ソースの香りが食事の間中その場に充満してしまったのが、この旅の反省点です…(それ以外にこの旅で嫌なことってなかったなあと、しみじみ思う。そのくらい良い旅だったということ!)。

 

【カンボジア旅行記】⑮子どもたちと最後の交流の時間

紙芝居を見ながら折り紙を一緒に。こんな幸福なことがあるだろうか。



【2月19日・夜】

 

スリリングなボートでの旅を終え、村に帰り着くと、子どもたちがわらわらと集まってきた。その中にさっき水上の家で会った一寸法師もいて、「なんで!?」と聞いたらニヤッと笑って、「ブルンブルン!」とエンジンをふかす手つきをして見せる。なんと、バイクに乗って陸路でぐるっとまわってこちらまできたのだそうだ。ここの子どもたちは小さいころからバイクも運転する。2ケツどころか、3ケツでびゅんびゅんのりまわしてる。免許の法律とかないのかな…?(そういえば、村には交番とか、役所みたいな、人を取り締まるような役割をする場所はなかった)

バイクを乗り回す子どもたち。

 

集まってくる子供たちの姿を見て、そうだ、今日でこの子たちともお別れなんだなと思う。もしかしたら子どもたちとはもう会うことがないかも…そう思って、私はポシェットから小さな箱を取り出した。折り紙の小さな人形を、30個ほど日本で作ってきたのだけれど、子どもたち全員にあげられるほどの量じゃないし(思った以上に子どもがいたため)、きいちゃんや折り紙の人気ぶりをみても、争いを生みそうだな…と思って、村に来てからは出せずにいたのだ。でも、ここでお別れかもしれないから、ここにいる子にあげてしまおう。

後で争いが起こったとしてもごめんやけど知らんで…、そう思って、おりがみ人形をその場にいた子にあげた。子どもたちは大喜び。ああ、よかったよかった。

おりがみこびとを子どもたちにもらってもらった。

村長のお家に帰ったら、モウルたちが待っていた。

モウルたちにも折り紙人形をあげる。時間があったので、『えのぐちゃん』を見せたりしていたら「バトゥー!バトゥー!」としきりに言う。

なんだっけ…?ああ!おりがみのことか!ということで『おりがみおったら…』を出したら、すごく喜んで見てくれた。村長も一緒に見てくれた。見ながら絵を描いてくれたり、一緒にまた折り紙をしたり…

モウルたちと折り紙遊び

私が折り紙を折っていたら、村長も何か折り始めた。何かわからないけど、王冠みたいなかたちのそれを、一ついただいた。折り紙に盛り上がる子どもたちの様子を見て、カンボジアに折り紙の文化はないと勝手に思っていたけれど、器用に紙を折る村長を見ていると、実はあるのか?と思えてきた。言葉が通じないからわからないのだけれど、私が折り紙を折ることで、村長も何か折りたいと思って(思い出して?)、言葉も交わさず一緒にただ黙々と折る時間は、とても豊かだった。

村長が折ってくれた折り紙

おいしい晩ご飯をいただいて、明日は早朝には出るだろうから…みんなともさよならだね…。

しんみりしていたら…

「今日この後、キャンプファイヤーあるよ」とまりこさん。

え!?まじで。ちょっとそれ知らんかった。(どうやら初日にやる予定だったのが変更になった?)ヤバイ、めっちゃ子ども来るやん…。

ドキドキしながら校庭に向かうと、子ども、いた!!! そして、多分、折り紙人形のことが、ばれてる!!! 子どもたちに群がられる私、しかし、折り紙人形はもうほとんど手元になく…。ごめんごめん、もうないのよ、というしかなかった。申し訳なかった。失敗した~。ビーズで作ったネックレスや腕輪などを、私にプレゼントしてくれる子もいた。

そして最後のきいちゃん大フィーバー、子どもたちによる苛烈なトッカッタ(きいちゃん)の奪い合い。そろそろ禍を呼ぶトッカッタになってきている気がする…。ということで、頃合いを見て、私の手元にきいちゃんを戻してもらい、「グーグー、この子は寝てるのよ!」と言うと、みんな妙に納得してくれた。子どもたちが、自然ときいちゃんを生きている者のように扱ってくれるのが、不思議だし嬉しかった。まあみんな、やたらきいちゃんの首を絞める遊びしてたけど。

キャンプファイヤー

校庭の真ん中に設置され、炎を巻き上げるキャンプファイヤーを囲んで、みんなの振り返りの時間。

みんな、思いがいっぱいあって、結構話が…長い…しかもそれを訳さないといけないまりこさんやKCDのみなさん…おつかれさまです…。私は寝てはいません…じっと炎を見つめていましたとも…いや、すごい疲れたのよ…日本人メンバーみんなめっちゃ疲れてたと思います。

村長さんもお話しくださって「お料理がおいしくなかったり、失礼があったりしたらごめんなさい」みたいなことを言うから(もしかしてそういう謙遜してへりくだる話法なのかもしれないけどよくわからない)「いえいえこちらこそです!!!!」と言いたいけどその場では言えないから、あとでKCDの人経由で伝えてもらった。「お料理もとってもおいしかったし、失礼なんてことは何一つなかった。こちらこそずうずうしくてごめんなさい」と…。おだやかで優しい村長、感謝の気持ちが伝わっているといいなあ。

キャンプファイヤーも終盤。子ども会のみんなが日本人メンバーにプレゼントをくれる。超かわいい子ども会年長組の女子が、私にブレスレットと香水をくれた。そして英語で「アイラブユー、ミナ!!!」と言ってくれた。ええええー!そんなん「ミートゥー!!」だよおおお!と気持ち悪さ丸出しで答える私。

子どもたちにすてきな贈り物をいただいた。

そしてキャンプファイヤーで焼いたおいしい焼き芋もいただく。蜜たっぷりでおいしい…。日本の焼き芋と味が似ていて、日本が懐かしい気持ちにもなった。

こうやってみんなで食事して、時間を過ごして、仲が深まっていくのだなあと思う。

村の女性がまわってきて、きれいなピンクの糸を手首に巻いてくれた。何かの約束をさせられたのでは…と思ったけれど(疑い深いのだ!)これは、帰路が事故なく安全に帰れるようにとの祈りをこめた糸なんだそう。旅の後も切れるまでつけておいて、見るたびにこの旅を思いだしたのだった。

静かな盛り上がりを見せたキャンプファイヤーのあと、くたびれはてて、村長の家に帰る。

 

トイレ兼風呂場にて、3回目の水浴びをなんとかかんとか。

そういえば、「水分を多くとらない」という、今思えば正気とは思えない作戦で、トイレに行く回数を1日2回程度にとどめることはできていたが、同時に便秘にもなっていた。普段こんなに何日もお腹にため込むことはないので、今日こそは、と思ったけれど、お腹はすっかり凪の状態。滞在中に腹痛にならなかったので、多少の便秘はよしとしたい。

床に寝転んでからも、なんとなく名残惜しくておりがみトッカータを追加で折ったりもしつつ、眠りについた。

 

【カンボジア旅行記】⑭地図にない川をくだり、ベトナムとの国境へ。最大のピンチに遭う

【2月19日・午後】

おいしいお昼ご飯

幼稚園での紙芝居実演に、農業体験、ミーティング参加と、盛りだくさんの午前の予定のあと、いったん村長のお家に戻ってお昼ご飯。揚げた大きな雷魚や、豚の生姜焼き、おいしかった…。

 

午後の予定は、当初決まっていなかったが、急遽ボートで散策することに。

急遽決まった割には、このあと濃い時間が待っているのだった…。

昼食後、下に降りると、もうみんな集合していて、お茶をしていた。市場で見たときに何だろうと思っていたぼこぼこしたフルーツが切られていて、中はピンクグレープフルーツみたいな感じ。柑橘系? すっぱそうだな…と、おそるおそる口に運ぶと、う、う、うまいーーーーーー!!!なんじゃこりゃーーーー!酸っぱくなくて、甘い。ずっとチガニチガニいいながらかじってました。本当に果物がおいしい。

 

船着き場でボートに乗る前「泳げるよね?」と聞かれる。え…泳げますけれども…あの、20年くらい泳いでないんですが…。川は足がつくくらいの深さとのことだけど、念のためライフジャケットも来て、細長い6人乗りくらいのボートに乗りこみ、出発~。

ボートは手漕ぎではなく、後ろにエンジンが載せてあり、それをブンブン言わせながら船は前進していく。川の幅は5メートルくらい、「この川はなんていう川なんですか?」と聞いたら「んーこの川地図に載ってないのよね」とのこと。地図に…載っていないだと…? グーグルマップを見せてもらうと確かに載っていない。

我々は地図に載っていない川を下って、ベトナムとの国境に向かうのだ。

川べりにはところどころ家があり、住人が川で何か仕事をしていたり、泳いでいたり。我々と同じようなボートに乗った人とすれ違ったりもする。リアルジャングルクルーズだ。

20分ほど進むと大きな川に出る。そこがベトナムとの国境。向こう側はもうベトナム。この近くに住む人たちは、数日間であれば、ビザやパスポートなしで、お互いの国を行き来できるのだそう。向こう岸のベトナムの方が良い病院があったりするとのことで、川を渡って通院したり、買い物にいったりするそうだ。

しかし我々はこの地の住民ではないから、運が悪ければ国境警察(的な何か)につかまってしまう可能性がある…と言われる。マジで?

「でも今日は、政府関係者のソピアップさんも一緒だから、もし捕まっても大丈夫だよ~」とのこと。か、カンボジアンジョーク…?

国境の川。左がベトナム、右がカンボジア

目的地のプレックチュレイ村までは、陸路もあるが、水路で行った方が近いのだそうで、そこからさらに十分ほどいったところに、村はあった。KCDはこの村の人々も支援している。魚の養殖や、養鶏などの事業を起こす際の支援や、障碍者の方への支援などをしているそうだ。以前C4Cの人たちも訪れたコミュニティ図書館を訪問する。今は隣接する小学校の管轄となっているとのこと。以前来たときに飾った飾りが今も飾られていると、さやかさんが感嘆の声をあげていた。

プレっクチュレイ村のコミュニティ図書館

村内の移動は、最初はぼちぼち歩いていたのだが、KCDのスタッフがどこからともなくバイクを調達してきて、それに三人乗りになり(!)ピストン式でちょっと遠くまで移動させてもらう。当たり前みたいに乗ってたけど、今考えるとヘルメットもしてないし、振り落とされたり転んだりしたら、し、死…。日本じゃ考えられないことをさっくりやってしまった…。

 

KCDのスタッフでもあり、養鶏をやっているランさんのお家に訪問する。生まれた時期別に小屋を分けて、丁寧な仕事をされている様子を見せていただく。

ランさんの養鶏場

ここで嬉しい出会いが。日本でまりこさんに、かわいい魚型のポーチをもらった。

今回のコミュニティ図書館設立プロジェクトの支援者にお礼として渡しているポーチだそうで、すごくかわいくて気に入ったので、ひも通しを自分でつけて、ポシェットにしてこの旅のお供にしていたのだ。チュロイスナオ村に作った人がいるのかと思ったら、「村では作ってないのよ~」とのことだった。

なんとランさんのお嫁さんのチバさんが、そのポーチを作った人だったのだ! お嫁さんは、耳が少し不自由だが、手芸の腕があり、縫製の仕事をしている。おうちを見せてもらうと、お部屋の窓際に立派な業務用のミシンが二台! 旦那は養鶏をして、妻は同じ敷地内で縫製の仕事をして…なんだか絵本のおはなしのような生活だ。

チバさんご本人ともお会いできた! 同じ手芸好きと遠い土地で出会えたのがとても嬉しかった。するとチバさんが、私がポシェットにアレンジしているのを見て、「ちゃんと作り直してあげる」と言っているとのこと。(もしかしたら自分の作品をいじられたのはちょっと嫌だったのかもしれない。でもそんなこともないかもしれないし、まあいいか…。)

チバさんの仕事場。素敵すぎ。

「すぐできるから」とのことで、しばしポシェットを預けて別のところへ。ランさんの親御さんの家を訪問すると、昨日の餅焼き名人の女子が登場!! え、ここの子なの!!?再会できてうれしい! ってなるも、クールな娘でにこっと笑って去っていった。

ランさんの実家。美しい花が咲いていた

最後に訪れたのは村の役場のようなところ。村の偉い人がいらっしゃった。会議とかをここでするってことかな? 吹き抜けになっていて風通しのいい(屋根のついた外)ところだった。

そうこうしているうちにできあがったポシェットを、ランさんが持ってきてくれた。

わーんさすがプロの技! きれいに縫い付けられている。嬉しい~!

私も手芸が好きなので、遠い土地で同じようにミシンを踏んで何かを作っているチバさんと会えて、しかもライブで手直ししてもらえて、とても嬉しかった。

(多分生まれて初めて自らツーショ写真をお願いした!)

チバさん作の魚のポーチ。左右の黒いところに紐を通せるようにアレンジしてくれた。

 

ランさんとはお別れして、また水路でチュロイスナオ村に戻る。夕焼けがきれいに見えた。いろいろあったけど帰ってきた…と思ったら、思いがけずこの旅一番の胸バクバクの瞬間を迎えるのである…。

その日はボート二艘で移動していたのだけれど、なぜか私の乗ったボートが、まりこさんたちの乗ったもう一艘とは離れて、水辺に建つ小屋に乗り付けたのだ。小屋からは男性数人がガヤガヤでてきて、しきりに何か言っている。「ノーウーマン、オンリーマン!」みたいなことを…。え、何、めっちゃ怖いんだけど…。一緒にのっていたひでさんは男たちに連れていかれてしまった…。KCDの女子スタッフのスレイネットさんと私の二人だけ、小屋に取り残され…これ、どういう状況なのか全然わからないんだけど…。

なんか男の人たちのしゃべり方がぶっきらぼうな感じで、マジで怖い。すると片目がないおじいさんが近づいてきて、こう言った。ぜーんぜん言葉がわからないけど、確かにこう言ったと思うのだ…

「この仕事は非常に危険な仕事なのじゃ。この仕事で、わしは片目を失った…。だから女性たちにこの危険な仕事をさせるわけにはいかんのじゃ…」

ことばはわからないのに、おじさんの話に妙に納得する私。

しばらくおとなしくじっとしていると、遠くに連れていかれたひでさんが、何かをみんなでひっぱりながら戻ってきた。どうやらこれはひき網漁をしている場所のようだ。おそらく村の人たちは、ここで魚を購入したりするんだと思う。行きつけの魚屋みたいな、そんな感じなんじゃないだろうか。(全部想像でしゃべってます)

水辺に建つ小屋。多分漁場的なところ。

もうしばらくするとまりこさんたちのボートもやってきて、心底ほっとした…。

再びボートに乗り込みしばらくいくと、さやかさんが声をあげた。

「あ、あの子!」

見ると、朝一緒に折り紙を折った村の子が、「たらい」に乗って川を渡っている! たらいって、あのたらいですよ、ボケたりすると空から降ってくる、金だらいです。たらいの中にちょこなんと腰かけ、手で水をかきながら水の中を進む少年の姿は、リアル一寸法師!!!

たらいを手で漕ぎ川を進む、リアル一寸法師

お次はベトナム系の血筋である、その子のお家をご訪問。その子のお家も、水の上に建っているので、ボートで乗り付ける。ベトナム人カンボジアの土地に家を建てることができないため、水の上に家を建てて生活している人が多くいるとのこと。学校などは差別なく通えるようになっているが、生活の面では色濃く差別が残っている。漁業をすることも制限されるそう。その家の主人(その子のおじいさん)も、不満を語っていて、KCDのみなさんも、話をじっと聞いていた。こうやって、いろんな人々とかかわりをもって、話を聞くのも、彼らの仕事なのだ。

まじめな話をしている間も、一寸法師少年はたらいをこいで、向こう岸の水辺の商店でおつかいをして帰ってきた。歯を出してにこにこ笑う彼には、影を感じない。ずっと笑顔でいてほしいなあと、私はのんきに思ってしまうのだった。

 

美しい夕日。

 

【カンボジア旅行記】⑬澄みわたる朝の空気の中、カンボジアの校庭でわらべうたを熱唱する

【2月19日・午前】

幼稚園と小学校の朝礼。ピシーッと並んでいます。

滞在3日目。この日は月曜日。子どもたちは平日は学校や幼稚園に登校する。しかも朝が早い。7時から朝礼があって、9時半には幼稚園が終わるそう!!そのあとどうするの?どう考えたって1日が長い!

生徒の人数が多い小学校は、午前中の部の子と午後の部の子にわかれているらしい。

というわけで、朝ごはん前に一仕事。まずは7時からの幼稚園と小学校の合同の朝礼に参加。

軍に所属するソピアップさんも来て、子どもたちを鼓舞していた。「この村は辺境の地だけれど、私たちの知識は辺境ではない!」とか「今日はプラスチックを使わないぞ!オー!」とか…流行りのSDGs的な意識がここにまで浸透しているとは…。

この旅、急な無茶ぶりが多いのだけれど、この朝礼でも「何かお話して」、とリクエストがあった。ヒデさんが、日本の手遊び歌みたいなのを歌おうといって「むすんでひらいて」を提案してくれた。それはナイスアイデア、決まりさえすればあとは私に任せて!と、めっちゃ大きな声で「むすんでひらいて」を歌わせてもらう(マイクもあり)。

子どもたちも一緒に手遊びをしてくれて、一体感があった。朝の澄んだ空気の中、校庭いっぱいに響きわたる声で歌う「むすんでひらいて」は気持ちよかった。歌ってばかりの私である。

 

朝礼が終わったあとは、子どもたちにおはなし会をするために幼稚園へ。実はこの旅のメインイベントはこれだった。

だけどもうここにくるまでに、結構な疲労感が…まあいけるか…。図書館の建物の下の幼稚園の部屋に入る。

幼稚園児さんは、思ったより幼くて、私が入ってきたのを見て、「ぽかーん」としている小さな子もちらほら。村長の孫娘モウルもいて、小さく手を振ってくれる。

「チョムリアップスオ!クニョム・チムオホ、ノッコ!」とご挨拶をして、早速絵本と紙芝居を読む。

紙芝居『おりがみおったら…』を実演!

『えのぐちゃん』では、えのぐたちが描き出す絵に、みんなそれぞれ反応してくれる。

『おりがみおったら…』は、昨日に倣って一緒におりがみを折りながら。

折り紙を手にしても、それが何なのかよくわからない子も…

そう、これこそ、「初めて」折り紙と出会う子どもたち! この子たちのために、この紙芝居があるってこと!

この紙芝居を作っている時、いろいろ悩んだりもしたけれど、カンボジアの子たちにこれを見せて、「折り紙」を知ってもらうことができたなら、十分価値があると思えた瞬間だった。みんなそれぞれに、折り紙の鳥さんも折ってもらった。


そのあと、指人形と、絵本もやって…。『ぴょーん』はやっぱり大盛り上がり。ぴょんぴょんみんな飛び上がっていた。

『ぴょーん』で、みんな飛び上がる!

最後に、折り紙で作った万華鏡(折り紙名人のもものこスタッフが作ったものを預かってきていた)もプレゼント!

折り紙万華鏡(こちらは作成途中の写真)

無事おはなし会終了~!

楽しい時間だった。通訳として、サポートしてくれたKCDのヴィサールさんにも感謝。

 

この旅のメインイベントも終えて、「今日はいい日だったな~!」という気持ちでいっぱいだけど、時刻はまだ朝の8時過ぎ。

次は、農業体験。といっても、本当に一瞬の体験。チュロイスナオ村の名前の由来となっているスナオの茎を川べりに植え替えと、土を耕して種をまく作業をちょろっと、ほんのちょろっとだけ体験させてもらう。

そしてこんなにちょろっとしか作業していないのに、スニーカーがどろっどろに汚れて驚愕。ねえこれ私、肥溜め的なところに足を踏み入れちゃたってこと…? 確認したくない…。(あまりに汚れているので、のちほど靴を洗わせてもらった。)

スナオの茎を植え替える

川の近くに植える


農業体験が終わった後、ちょうど子供たちの休み時間と重なり、もうすでに顔見知りになった子どもたちがわんさか学校から出てくる。何かのきっかけで、折り紙を取り出したら、この時はすごい取り合いになってしまった。昨日は落ち着いてたのに、大騒ぎで嵐のようだった…。昨日まで遠慮してたのかもしれない。

いっぱい欲しいという子もいて「テ! テ!(NOの意味で使ってるけど伝わってるかはわからない)」と断る場面も。

 

そのあとは、KCDの方たちと、ミーティングのような話し合いの時間があった。一村一品運動をしたいと考えていて、魚醤(ナンプラー)を作ろうと考えているがどう思うかと…どう思うか…と言われても…あまり下手なことを言えない気が…。また、村で静けさを体験してもらうような観光地にできないかというようなアイデアもあるようだった。難しいですよね…そういうのは…。外から入ってくるものが必ずしもいいものだけではない、村の人たちの生活が壊されるようなことになってはいけないとも思うので…訪ねてきている立場で言えないけれど…と、いろいろ考えさせられる。

ところで、ここで出てきたパパイヤがまたおいしかった…パパイヤ苦手だと思ってたけど、全然、思っていたような臭みもなくて食べやすい。食べすぎないようにしつつ、しっかりいただく。

とんでもなく美味しいパパイヤ

お寺の少年お坊さんが托鉢にまわってきたので、托鉢体験もさせてもらう。ちょっとぽっちゃりの男の子が、荷物持ちをしてお坊さんの後ろをついてまわって「お坊さんのお通りだあ~(意訳。多分そう言ってる)」と言って回っているのがおもしろかった(茶化しているわけではなくて、お手伝いをしている、という感じ)。ぽっちゃりしてる子のコミカルな役どころって万国共通なのだろうか…?

 

托鉢の子坊さんとお手伝い男子。

 

 

【カンボジア旅行記】⑫子どもたちと思い切り遊ぶ、遊んでもらう。

【2024年2月18日・午後②】

おやつ作りを楽しんだ後は、校庭に集まり、子どもたちとみんなでゲームをする。

木の実を転がすゲーム、平衡感覚ゲーム、ハンカチ落とし風ゲーム、口で水を運ぶ(?)ゲーム、ピニャータ(くすだまのようなもの)割りなどなど…、よく思いつくなあと思うほどのゲームを、KCDのスタッフが遊びの中心となって楽しんだ。

KCDの人たちは、遊びも子どもを盛り上げるのもとってもとっても上手。子どもたちになつかれ、大人気だ。

それと同時に、村の大人たちにいろんな話をつけるというのも彼らの仕事であり、そこもしっかりやっているのだと思う。それって本当にすごいことだと思う。

伝統的な「木の実を転がす遊び」で使った木の実

 

散々遊んで、他の村から来ていた子どもたちを見送った後、小休憩ののち、年長の女子が中心になって、みんなで夕飯を作ることになった。

「野菜を洗ってきて」と言われて、ついに私は知ってしまう、どうやって野菜を洗うのかを…。

料理にはきれいな水を使う、と聞いていたけれど、気になっていた、料理の「どの時点」からミネラルウォーターを使うか問題。

「洗ってきて」と言われた野菜は……なんか濁った水で洗っていた…(汲み置いている水なのだろう)。私も黙って一緒に洗ったので、もう共犯者(?)。

…いやはや、煮込むときとか、スープの水とか、そういう時にきれいなお水を使う、で十分なのかもしれませんよね。普段我々の洗濯だって、最初に洗う時は風呂の水使ったりするじゃないですか、でも最後のすすぎは水道水でやったらきれいになるってことじゃないですか。そういうことなんじゃないですかね⁉ 私だって料理するとき、そこまで清潔に気を使ってやらないですもん。そんで何より私の住んでいる部屋、めちゃくちゃ汚いですし、こちらのみなさんの家の方がよっぽど風通しが良くて清潔だなって、感じてますもん…と、自分を納得させることばを頭に並べまくる。郷に入れば郷に従えということばをこの時より強く自分に言い聞かせたことはなかった。

みんなでお料理

 

私はこの日、紙芝居をどこかでやりたくて持ち歩いていた。

ちょうど夕飯が出来上がるのを待つちょっとした時間にチャンスは訪れた! モウルが私を呼びに来てくれたのだ。

村長の孫の女の子、モウルは、年長さんくらいの年齢で、1日目に私を見たときは、照れてはにかんでいたけれど、2日目には完全に家族のように懐いてくれた。ぬいぐるみの「きいちゃん」も、彼女が他の子より優先して触れると思っているようで、そうではないのだけどまあいいかと思って、ほぼきいちゃんのことはまかせていた。順番にほかの子たちに貸してあげたりして、なんかうまいこと管理してくれた。喉が渇いたら私のペットボトルからミネラルウォーターを飲み、モウルが転んで泣けば「いたいのいたいのとんでいけー!」と慰めたり、妹みたいでとてもかわいい。

そんなモウルに呼ばれて、子どもたちの輪の中に入り、ついに自作の紙芝居を演じることができた。

えのぐで絵を描く楽しさを描いた『えのぐちゃん』と、初めてのおりがみ遊びを描いた『おりがみおったら…』だ。

『えのぐちゃん』は、旅の前にクメール語で色の名前を調べたり、多分「一緒に絵を描こう」は「タリーブ!」なんじゃないかなとか、混ぜるは「リィ」だと思うとか、わかる範囲の言葉をメモしてあった。

あとはクイズ形式で「ニッチアウェイ?」と聞けばいいのである。

紙芝居の1場面目、赤、青、黄色、三本のえのぐがならんでいる。

赤いえのぐを指さして、「ニッチアウェイ?」ときくと「クロホーム!」と返ってきた。青は…「キアウ!」黄色は「ルアン!」。いい調子。

「タリーブ!」と言って、少しずつ1枚目を抜いていくと、次の絵が現れる。「ニッチアウェイ…?」「チェーク!」そう、バナナ!

途中からは絵の具の混色の展開になるので、クイズのように楽しめる。「クロホーム」と「ルアン」混ぜると…?「リィリィリィ」(混ぜるという意味で使っているが、あっているかはわからない)と言いながら、抜いていくと…「クローイ!」みんな答えてくれた。

……伝わってる!楽しんでる!みんな一緒になって、紙芝居に参加してくれた。

すごくうなずいてくれ子もいて、めっちゃ通じてると思った。手ごたえばっちりである。

紙芝居を披露

次の紙芝居は『おりがみおったら…』。折り紙という文化自体がカンボジアにはないと聞いていたので、『おりがみおったら…』のほうが、伝えるのは難しなと思っていた。だから、おりがみを見せながら実際に折ってもらいながらやってみた。そうすることで、ある程度伝わったと思う。

紙芝居のあとは、折り紙タイム!

「ふうせん」の折り方を教えたら、ウケてた。最後に空気をいれて膨らませると一気に形が変わるのがちょっと魔法めいていて良いみたい。みんなが「教えて教えて」とむらがってくる。大体1度に3人くらいしか教えられないんだよなあ~ムズ~と思いながらも、できる範囲で伝えていく。大学生のトアケさんも一緒に折り紙を子どもたちに教えてくれた。

みんなめっちゃ集中して折り紙を折る

指人形も大人気


そうこうしているうちにご飯の準備ができて

「もうご飯できたよ~…できましたよ〜…早く食べなさい!」くらいの感じになってしまった。

ちょっとみんなに遅れて席に着く。この夜も、テントの下で村のみんなでご飯をいただいた。ごはんとおかずと…、さっき子どもたちと作った野菜炒めもあった。豚肉を焼いたやつがめちゃくちゃ美味で…。もうずっとおいしい。ちょっとずつ、味わって食べるのだった。

 

食後も子どもたちはいつまでも遊んでいた。縄一本でいつまでも遊べるものだなあ…と眺めていた。そういえば子どもたちには門限はないのだろうか? 連日夜まで遊んでいる。子どもに自主性があるというか、ほったらかしというか、ここの子どもたちは、とても自由に見える。あまり子どもに厳しい約束事をつくるような文化がないように見受けられた。

夕暮れ時からずっと、校庭には大音量で音楽が鳴り響いているので、「いつもこんな感じなんですか?」とまりこさんに聞くと、われわれが来ているから歓迎の意味で特別に、ナロンさんがやってくれているらしい。

村のDJナロンさんは、こういった機材をそろえていじるのが好きなんだそう。KCDのスタッフでもなく、「村人なんだよね」というナロンさんは、コミュニティ図書館の活動に大きく関わっている。ナロンさん自身もとても生き生きしているというか、楽しそうなのだ。現地に住んでいる人の中に熱心な人がいると、活動も円滑にいくのだろうと思う。この図書館のプロジェクトには、ナロンさんの力がとても大きく働いていることを何度も感じた。

夜もすっかり更け、いつまでも遊んでいる子どもたちにひきかえ、大人の方がずっとくたびれている。家に戻って、やっぱり恐ろしいお風呂タイムを経て、この日はおしまい。

明日も早いのだ…。

 

子どもたちに読んだ紙芝居。

「えのぐちゃん」は品切重版未定。「おりがみおったら…」はまだ在庫あるのかな?

公共図書館にも所蔵されているので、ぜひ読んでみてください。

 

 

【カンボジア旅行記】⑪子どもたちと日本のおやつ作り、もち焼き職人姉妹と出会う

バナナともち米のおやつ

【2024年2月18日・午後】
昼食後、少し休憩ののち、再び集合。戻ってくると、校舎の軒先でお茶会が始まっている。ここでは、すきあらばお茶会が始まる。昨日みんなで作ったバナナ餅も並んでいる。葉っぱの皮をむいて、もちっとした米の部分をかじるとあらわれたバナナは、赤い色になっている。熱すると赤くなるバナナらしい。ほとんどバナナの甘味だけの優しい甘さでおいしい。

 

午後は、村の子どもたちと「日本のおやつ」を作ることになっている。どこで作るんだろう、学校の教室かなと思っていたら、普通に屋外だった。お茶会が開催されていた場所でそのまま、お料理教室が始まる。

メニューは焼餅と、白玉。

日本からそれぞれ、餅や白玉粉、餅にかけるトッピング、焼くための網などを持参。

子どもたちはねんど遊びのように白玉を上手にこねて楽しんでいる。火起こしも上手で、ドラム缶に炭を放り込んで豪快に火起こしをしてくれた。ドラム缶の上に鍋を置き、お湯を沸かして、丸めた白玉を投入。浮いてきたらすくって…好きなだけ器にとって、小さく切った果物も入れて、きなこや黒蜜をかけて、オリジナル白玉ボウルの完成。みんな「チガニ」と食べていた。(もちろん子らは手を洗って調理していたけれども、私はやはりお腹を気にして食べなかった)

白玉を茹でる

トッピングをのせて…白玉ボウル


次は焼餅。切った餅を七輪にのせた網の上に並べる。ぷくーっと膨らむのを、子どもたちは興味深そうに見ていた。どこからか、めちゃくちゃ餅を焼くのがうまい姉妹が登場。近くの村の子ども会の子たちだそう。私はぼーっとしてすぐ焦がしてしまうのに、ひっくり返し時を見事見極めて、お餅を焼いてくれた。子どもたちは、いつも家の料理の手伝いをしているから、料理もお手の物のようである。

姉妹たちの腕前により、いい具合にこんがり焼けたお餅には、あんこやずんだをつけるのが人気だった。醤油とのりは、しょっぱくてちょっと違うってなっていた。

餅焼き職人姉妹によって次々と餅が焼き上がっていく

こんがり焼けた餅


そして、ここにきて私は知ってしまった、カンボジアの果物のおいしさを…!

マンゴーが切ってあるのをちょっと食べてみたら、あまりにもおいしくて「うまーーー!」っと声が出る。ソーカさんが特別に一切れまるまるくれた。私の顔があまりにも「おいしい」という顔だったのだと思う。そしてあまり食べない私を心配してくれてもいるのだ。

かぶりつくと、おいしい、おいしすぎる、食べたことない濃〜いマンゴーの味。マンゴーは村ではとれなくて、昨日道中に寄った市場で買ったものだけど、熟してからもいでるからこんない味が濃いんだと思う。あああああ。これは永遠に食べられる。でもちゃんと一切れにとどめておく。

おいしすぎるマンゴー

チュロイスナオ村では、バナナがなっているのも初めて見た。バナナも熟してすごくおいしいみたい。でもやはりお腹の調子のために食べるのを控えておいた。とにかく量、食べる量を控えるというのは、この時点で成功していて、便秘ではあるけれど、下痢はしていないという状態を保てている。

バナナがなっている

餅焼き職人姉妹の一人が、クロミちゃんのチャームのついたチョーカーをしていたので「クロミ!」っていったら「クロミ…?」となっていた。ここの子どもたちは、サンリオやディズニーキャラクターの服を身に着けている子も多く、「ロッツォだね」とか「キティちゃんだ!」とか声をかけてみるのだけど、どの子もピンときていないようす。特にそのキャラクターが何かは知らず、ただそこにあるからなのか、かわいいなと思ってなのか、着ているみたい。

ポケモンのクッキーを村長へのお土産に選んだ時は「日本のキャラクター文化の代表格!ポケモンなら喜んでもらえるやろ!」と思ったけど、もちろんポケモンも知られていなかった。

でも子どもたちは、携帯で動画みたいなものもよく見ているようでもあった。村の外の、世界の情報を得ていく速度も、きっとどんどん速くなっていっているのだろう。よく考えてみると、水道はないけど電波は通っているということだ。水道よりも簡単に電波は持ってこれるということからそうなったのだろうけれど、生きていくのに必需なのは水なのに…、いや、情報を得ることだって、ものすごく大事なことだ、と思ったり。水道がなくても図書館は必要で重要であるのと似ていて、それらはすなわち文化を獲得することでもあるのだ。

ほかの村の子たちの子ども会の写真を見せてもらって活動の説明を受ける時間もあった。みんな積極的に活動している! 日本にはあまりみかけない「子ども会」だけれど、言葉としてすんなり入ってくるのは、昔はそういった集まりがあったからだろう(そういえばちびまるこちゃんでも子ども会のイベントのおはなしがあった)。それもまた、身の回りに情報が少なく、世界が狭かったころの日本の風景なのかもしれない。電波を通じて世界を知るようになっていく子どもたちの活動も、どんどん変わっていくのだろうな。

子ども会の活動報告を聞く