そんなこんなで、お昼ご飯を食べた後はプノンペンへ。KCDオフィスまでたどり着き、ここで大学生のとあけさんとはお別れ、とあけさんは、このあと一人でタイに行くんだって! すごい! 留学時代の友人と会ったりするらしい。若いのにすごいなあ、と思う。おとなしい方だけど、たぶん芯の強い方なんだと思う。
私たちは、トゥクトゥクを呼んで、トゥールスレン虐殺博物館へ。まりこさんが「見るのは辛いかもしれないけど見るべきだから」と言って、連れてきてくれた。もちろんもちろん、見ますとも。

トゥール・スレン虐殺博物館は、1970年代後半、カンボジアを支配していたポル・ポト率いるクメール・ルージュが、自分たちに背く反革命分子をあぶりだすために市民を捕らえて尋問し、拷問にかけ、死に追いやった場所を保存し、博物館として公開している。元々は学校だったそこが、尋問と拷問虐殺が行われる地獄と化し、たった数年間の間に、そこで虐殺された市民は約2万人にものぼるという。博物館には、虐殺された人々が収容される際に撮られた顔写真が約1000人分並び、おぞましい拷問の様子が描かれた絵画(生き残った画家が描いた)や、教室内を区切って作られた煉瓦造りの独房、尋問室として使われた教室、虐殺された人の骸骨や、鎖でつながれた血まみれの人のような写真(鮮明ではない)もあった。
私は生きている間に、絶対に拷問だけはされたくないと思っていて、そのことを誰にも知られたくないと思ってるくらい(誰かがそれを知って私を拷問にかけるかもしれないじゃないですか)、拷問を恐れている。誰にも知られたくなかったのについに言ってしまった。
小学校低学年の時に「戦争」というものを知った私の衝撃ったらなかった。恐ろしすぎる、でも知りたい…と、原子爆弾や太平洋戦争、そして蟹工船的な拷問虐殺話、ドイツのホロコースト、ベトナムの枯葉剤まで、一通り図書室の本を読み漁り、中学あたりで文化大革命を知り、高校で日本赤軍を知り、大学で黒人奴隷制度についてめちゃくちゃ調べ…と、段階を経てさまざまな虐殺や弾圧や拷問について、興味の赴くまま調べてきた。ちょっと執着にも似た関心があり、知りたいことは大体知った。写真も映画も結構見た。
それで、ほんともう、人間って愚かすぎる…一回滅びとこうか…、今時の言葉で言うと「愚かすぎて滅」、と思っているので、この博物館を見ても、「あーーーーほんとうに…愚かですよね…」と、知っている感情をなぞっている感覚だった。ポル・ポトのことは、今まで深く調べたことはなかったのだけれども(私の生まれたあたりにつまびらかになっていった話だと思うので、当時はまだ子ども向けの書物にすらなってなかった気がする)、そういう感じになりますよね…という感じで、あらゆる残虐の限りを尽くして罪のない人々を惨殺していた。
見学時間が足りず、音声ガイドを全部聞けなかったのは残念だった。キリングフィールド(カンボジアでもう一つの有名な大量虐殺の現場)にも行ってみたいくらいだけど、味わう感情はたぶん知ってる感情なんだろうなとも思う。この手の暴力的なことに対して、思うことの感情のバリエーションって限られている気がする。けれども、何度も学ばないと、人間はまた忘れて過ちを繰り返してしまうものかもしれない。


さやかさんと外に出ると、待っていてくれたまりこさん(何回も行ってるから今回は行かなかった)とひでさんとともに、トゥクトゥク(アプリで呼び出せる!)に乗って、今度はイオンに! そう、プノンペンにはイオンが3軒もあるのだ!


空港で買うよりお土産が安いということで。お土産探し。(行ってないのに)アンコールワットクッキーとか、黒コショウ、カシューナッツ、コーヒー(いずれもカンボジアの名産品)とか買って、ほぼ一文無しに(今回の旅で両替してきたのは50ドル程度)。
久々の水洗トイレに歓喜。店内も日本にいるかと錯覚するくらい、すべてがそのまんま日本のイオンだった…!日本でもたまに自分がどこのイオンにいるのかわからなくなるのを「あるある」だと勝手に思ってるんだけれど、ここでも「え?もう日本ついた?」と思った。全世界のイオン、バックヤードで繋がってる説をいつも妄想してしまう。

夜ご飯はKCDのみなさんと、プノンペンのレストランで最後のカンボジア料理。おいしかった。おしゃれなカフェみたいなお店だった。そしてここでついに私は冷たい飲み物を解禁(水洗トイレがある市内なら、いつお腹が痛くなってもいいので…)。グアバとタマリンドのシェイク!


食後、ついにKCDのみなさんとはお別れ。
空港まで送ってもらい(お世話になった運転手さんには、日本のお菓子を差し上げた)、いよいよ帰路!
まりこさんはまだ数日カンボジアに滞在するということで、ここからはほぼ一人。
ひでさんは別の飛行機、さやかさんとは同じ飛行機だったけど、別々にチケットを取ったので、座席は遠い。

飛行機を待つ時間はお待ちかねの『香君』下巻を読みすすめ、韓国仁川行の飛行機に乗ったらほぼすぐ爆睡!
飛行機は、カンボジアの学生団体の中に私がぽつんと座るような座席構成だった。隣の高校生くらいの男の子は初めて飛行機に乗るみたいでとてもドキドキしている様子。カンボジアと韓国は直行便が出ているだけあって、国交が盛んなのだなあ。
爆睡している間に日付は変わって2月23日。あっという間に仁川空港。出発が遅れたので、到着も遅れ、さやかさんは仙台行の飛行機への乗り継ぎが間に合うかどうか大ピンチ! 空港会社の人が迎えに来ていて、足早に去っていくのを手を振って見送った。
私ときたらもう完全にナメたもので、空港に降りたった瞬間フリーWi-Fiを探し、ネット接続しながらぶらぶら歩いていたら、あんなにまりこさんに言われていた「トランスファー」を危うく通りすぎるところだった…。
ここでも待ち時間が数時間あったけれど、広いソファーを陣取って、ひたすら読書。
読書が好きだけれど、めっきり気が散るようになってしまって、なかなか集中して読書ができないここ数年、こんなに読書そのものを楽しめたのは久しぶりだった。ずっと飛行機の待ち時間だったらいいのに、とすら思ってしまう。
ここでのお供は韓国名物ホットク。もちっとしていてかなり甘くて!美味しかった。

無事、乗り換えの飛行機にも乗れて、(隣の座席の韓国女子たちはディズニーに行くらしくワクワクしていた。かわいい)、無事『香君』も読了!!
旅のお供としてこんなに心強い読書はなかった。全然種類が違うけれど『香君』の主人公のアシュラーンも旅をしていたから、何かにつけて身近に感じてしまった。『香君』についてはいろいろ語りたいことがあるけれど(ほとんど忘れてしまったのでまた読みたい!)、私は上橋文学の、登場人物たちの誠実さにいつも心打たれる。決していがみ合わず手を取り合う女性登場人物たちに力をもらっている。そういえば、カンボジアでは年配の女性が要職についているのを多く見かけた。村長さんとソピアップさんも近い年代のようで、仲良く談笑しているところを何度も見かけて、なんだかきゅんとしたのだった。
そして、再三私が心配していた「腹痛」について。この旅で、拍子抜けするくらいお腹が一切痛くならなかった。あんなに心配して「私は必ずお腹をくだす」と言いふらしまくっていたのがなんだったのか、恥ずかしくなるくらいだ。でもそれは、旅の最初に『香君』を読んで、「あまり食べないこと」を決めたからこその結果に他ならないと私は思っている。そう考えると本を読んだタイミングもまた不思議なものだと思う。
読書を趣味にしていると、たまに出会うべきときに出会うべき本に出会える不思議に遭遇する。


今回の旅はまた、本をカンボジアの子どもたちに届ける旅でもあった。
絵本や紙芝居を読んで、大いに盛り上がったことは前述した通りだが、旅を終えて思うことがあった。
子どもたちに何かを「あげる」となると、数が足りなかったり、もっともっと欲しがったりして争いが起きてしまう可能性がある。例えば今回の場合、折り紙の取り合いになってしまった場面があったし、作っていた折り紙人形が足りなくなったりもした。
でも、絵本や紙芝居を読めば、そこにいるみんなが等しく楽しい時間を過ごすことができる。1冊で、何十人もの子どもが笑顔になれる。同じ楽しさを同じ瞬間に共有できて、忘れない限りなくならない宝物になる。それって本当にすごいことなんじゃないだろうか。
私が絵本や紙芝居を読むのを見てくれた子どもたちが、同じように読みきかせを実践して、喜びを共有してもらえてくれていたらとても嬉しい。
改めて、絵本や本の持つ力を感じることができた旅だった。
読書と旅の余韻に浸っているうちに、成田に到着。こうして、私の約20年ぶりの海外旅行は無事終了。最終日にみんなでご飯を食べたときに話した通り、旅が大きなトラブルなく過ごせたことは運が良かったからに他ならず、心配は多かったが何も起こらなくて本当に幸運だった。最初に書いた通り、あまり自分が運がいい人間だとは思えないので、次もし旅に出て、何か大変な目に遭わないとも限らない。それでも旅に出たいかというと難しいところではある。けれども、この旅行記を仕上げている今は、すべてが懐かしく、またいけたらいいな、とも思うのだ。












































